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コラム

これからの地域経営に必要なのは「見える化」「シェア」「ビルド&スクラップ」

2016年10月24日(月) [株式会社 三菱総合研究所 社会ICT事業本部  主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「行政&情報システム」(2016年10月号)に掲載した連載企画「資源としてのデータを考える(第5回)」の内容を、発行者である「一般社団法人行政システム研究所」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「「資源」としてのデータを考える_5」 [PDF 1.3MB]

◇未来に投資ができない自治体

地方行政は、人口減少などで税収が伸び悩む中、急速な高齢化で医療・介護費などが増大し、財政面で大きな課題に直面している(図1、2)。全国20の政令指定都市の中で人口増加率が最も高い福岡市(5.1%/H22-27)でも、「将来への投資」といえる政策的経費は一般会計の約7%で、今後さらに減少する恐れがある(図3)。他の自治体はさらに厳しい状況にあることが予想される。


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図1 年齢区分別将来人口推計
出所:平成28年版高齢社会白書

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図2 社会保障に係る費用の将来推計
出所:社会保障の現状について(平成26年4月21日、内閣府)

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図3 福岡市における一般財源総額と経常的経費の見通し
出所:福岡市行財政改革プラン(平成25年6月)(p.10)

◇「あれもこれも」から「あれかこれか」へ

高度成長期以降、住民の行政依存は高まり、行政の守備範囲が大きく拡大した。それまでは家庭や地域で解決していた問題も、すべて行政に委ねるようになった。住民が望むものは「あれもこれも」対応した。税収も行政職員も増え続けていた時代はそれでも対応できた。しかし今後は、住民の要望すべてに対応することはできない。住民同士で話し合って決めたり、地域や企業の力を借りて解決したりするなどして、行政が対応する範囲を狭めざるを得ない。「あれもこれも行政に委ねる時代」から、「あれかこれかの判断を住民が行う時代」に移行することになる。そのためには、住民も行政も、考え方を180度転換しないといけない。

◇シーズとニーズの見える化

「あれもこれも」の時代は、世の中全体でモノやサービスが不足しており、住民の要望もある程度共通していた。税収も右肩上がりで増えており、どんぶり勘定で物事を進めてもなんとかなった。しかしモノがあふれ、住民の状況が多様化し、使えるお金が限られる中、「あれかこれか」を選択するためには、判断のための情報、中でも「シーズ(資源)」と「ニーズ(市場)」に関する情報をきちんと把握・共有することが重要となる。 「シーズ」とは、その地域で活用可能な資源である人、モノ・場所、時間、お金、文化・歴史、産業などである。技術・サービス革新の速度が速いことから、最新の技術・サービス動向や将来の見通しについても把握しておく必要がある。 「ニーズ」とは、その地域に関わる人や企業などの要求(いつ、誰が、何を、どれだけ必要か)である。また、訪日外国人の増加や、地域から直接海外にモノやサービスを売る時代においては、海外を含むマーケットの動向や将来の見通しについても把握しておく必要がある。 これらの情報をもとに、地域の実情や社会の動向をできるだけ正確に把握・共有することが、今後の地域経営のキーワードである「シェア」と「ビルド&スクラップ」を進めるうえで不可欠となる(図4)。


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図4 これからの地域経営のキーワード
出所:三菱総合研究所

◇シェア

これからの地域経営は、限られたシーズ(資源)を最大限に有効活用する必要がある。そのためには地域の資源を特定の人や自治体、企業などで専有するのではなく、ニーズがある人や組織などで共有し、資源の稼働率を最大限に高めることが重要である。すでに車や住宅・宿泊施設、洋服などをシェアするビジネスも登場している。これらに共通するのは、ICT(今後はAIなども)を最大限に活用して、ニーズとシーズをマッチングするとともに、鍵の受け渡しや料金の支払いなどの手間を最小化することで、従来のレンタカー等のビジネスとは異なるビジネスモデルを成立させている点である。 自治体でも広域事務組合を設けて水道事業などを行ったり、業務を標準化して情報システムの導入・運用コストを大幅に削減したりすることで、行政運営コストを削減することが行われている。これからの行政は「自前主義」から脱却し、使えるものは他の自治体や民間の施設・サービスでもどんどん使っていくことが求められる。
また豊かな自然環境や雇用、利便性など、都会と田舎で不足する資源を相互に補完しあうことも考えられる。地域が外貨を獲得するために、海外との連携や相互補完も視野に入れる必要がある。 今後、人口減少に伴い、労働力不足が懸念される。従業員等の兼業・複業(副業ではなく複業)を推進してスキルをシェアしたり、地域活動への参加時間を確保して地域の担い手を増やしたり、空いた時間で労働力を提供するサービスを提供したりすることで、限られた人的資源を最大限に有効活用する必要がある。そしてここでも、マッチングやテレワークなど、ICTの活用が不可欠である。

表1 「見える化」と「シェア」

分野 見える化 シェア
行政 シーズ(資源)
・その地域で利用可能な人、もの・場所、時間、お金、文化・歴史、産業など
・最新の技術・サービス動向や将来の見通し

ニーズ(市場)
・その地域に関わる人や企業の要求(いつ、誰が、何を、どれだけ必要か)
・海外を含むマーケットの動向や将来の見通し
・自治体間での施設や人材のシェア
・業務の標準化、情報システムの共通化
・官民の人材交流、民間サービス利用
生活 ・住宅や車のシェア、所有から利用へ
・多地点居住
・兼業・複業、学び直し
・楽しい時間のシェア
産業 ・生産・流通設備のシェア
・労働力・スキルのシェア
・女性や高齢者の積極的活用
・市場情報・研究開発・孵化資金のシェア
国土 ・広域連携・地域間連携
・交流人材の拡大
・ふるさと納税

出所:三菱総合研究所

◇ビルド&スクラップ

「スクラップ&ビルド」は壊してから作るが、「ビルド&スクラップ」は、最初にやりたいこと、やるべきことを決めて、そのために必要な資源を確保するために不要なものを廃止する考え方である。元三重県知事の北川正恭氏などが提唱しているほか、福岡市の行財政改革などでも用いられている。行財政改革などで既存事業の廃止・縮小から入ると現場の抵抗が大きい。先に行うべき政策を決め、そのための予算を確保するために既存事業の廃止・縮小を考えるほうが合意しやすい。 この際、正しい判断を行うためには、判断の根拠としてのデータが必要になる。ニーズとシーズの見える化による情報共有を行い、関係者や住民との対話を繰り返して合意地点を見出していくことになる。連載3回目でご紹介した「SIM熊本2030」なども、ゲーム形式で対話を学ぶ手法である。これからは、「隣の町が美術館を作ったからうちも」ではなく、「隣は隣、うちはうち」として、自治体ごとの将来像を描き、そこに向けて資源を集中させることになる。 既に企業においては事業分野や投資、資源配分などの「選択と集中」が行われているが、これもビルド&スクラップである。人々の生活においても、自分たちの生き方を明確にし、あれもこれもではなく、優先順位の高いものに重点的に投資(しかも所有ではなくシェア)するといったライフスタイルが広がることが考えられる。

表2 「見える化」と「ビルド&スクラップ」

分野 見える化 ビルド&スクラップ
行政 シーズ(資源)
・その地域で利用可能な人、もの・場所、時間、お金、文化・歴史、産業など
・最新の技術・サービス動向や将来の見通し

ニーズ(市場)
・その地域に関わる人や企業の要求(いつ、誰が、何を、どれだけ必要か)
・海外を含むマーケットの動向や将来の見通
・未来に向けた政策と予算の確保
・施策の優先順位、廃止事業の検討
・行政の役割・範囲の明確化
・地域の自治力の再生・向上
・施策や税金使途への住民意向の反映、対話
生活 ・自分らしい生き方、ライフスタイル
・生活の優先順位、ワークライフバランス
・断捨離
産業 ・伸ばす産業の選択、資源の集中投資
・行政から民間へ、民間サービス市場の拡大
・海外成長市場へ進出
国土 ・コンパクトシティ
・メリハリのある国土整備
・投資の選択と集中

出所:三菱総合研究所

限られた資源を最大限に活用する。これは資源の乏しい我が国の文化にも合致するものである。これからの地域は、行政だけでなく、住民や企業など、関係者が全員で経営していく感覚を持つ必要がある。そのためには、地域に関心を持ち、地域の構成員のひとりであるという自覚を持つことが重要である。ニーズやシーズの見える化は、そのための第一歩であり、オープンデータはその中で重要な役割を果たす取り組みのひとつである。

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