組織の壁を越え、都市の「2つの危機」を同時解決――「空き家予測」と「水道インフラ」を連携させた豊田市の挑戦

空き家(イメージ)

総務省が 5 年ごとに実施する「住宅・土地統計調査(2023 年・令和 5 年)」によれば、全国の空き家数は約 900 万戸と過去最多となり、国内の人口減少に伴い、更なる空き家数の増加が見込まれる。

こうした現状を受け、自治体にとって「空き家」対策はもはや待ったなしの状況にある。愛知県豊田市においても例外ではない。しかも同市では、この空き家が、単なる景観、倒壊、防犯の問題にとどまらず、水道管破裂による「大規模断水」というインフラ危機に直結していた。

一見無関係に見える「建築住宅行政」と「水道事業」。この縦割りの壁を、AI によるデータ分析と職員の熱意で突破し、解決へと導いたのが豊田市の「空き家予測」プロジェクトである。過去の水道使用量などのビッグデータから未来の空き家発生を予測するシステム「MiraiE.ai(ミラーエドットエーアイ)」を導入し、高い精度での予測を実現。インフラ保全の効率化と、空き家化の未然防止を同時に推し進めている。この AI による空き家予測の取り組みは、2025 年に自治体に関係する優れた DXモデルを紹介する「第 4 回Digi田甲子園」(主催:内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局)でベスト 4 を受賞している。

今回の取材では、この異部門連携を実現させた豊田市 都市整備部 建築相談課担当長の岩本健太氏と、上下水道局企画課デジタル化推進業務担当主幹の岡田俊樹氏に、導入の経緯から各部門での具体的な成果、そして今後の展望についてオンラインでお話を伺った。

左:上下水道局企画課 デジタル化推進業務担当主幹 岡田俊樹氏
右:都市整備部建築相談課 担当長 岩本健太氏

 豊田市が直面した「2つの課題」

①  建築相談課の課題:増加する「その他の住宅」という空き家問題

――まず、豊田市の空き家数と、空き家について抱えている課題について教えていただけますでしょうか。

岩本 2023 年(令和 5 年)に実施された国の調査によると、豊田市内の空き家の総数は 1 万 5840  戸にのぼります。その中で私たちが特に問題視しているのが、「その他住宅」とよばれる分類の空き家で、これが 5810 戸存在します。

この「その他住宅」というのは、売買用や別荘といった管理者がいる物件とは異なり、管理者が不明確な「目的のない空き家」を指します。2018 年(平成 30 年)の調査では 4680 戸あり、この 5 年間で増加傾向にあります。この流れをいかに食い止めるかが、建築相談課における喫緊の課題となっています。

――各自治体によって空き家の調査方法が異なるようですが、豊田市ではどのような手法で実態調査を行っているのですか?

岩本 以前は地図会社へ依頼して目視調査を行っていましたが、2023 年の調査からは手法を刷新し、電力の使用量データを基に調査を行いました。これは、後ほど詳しくお話しする AI にも、このデータを役立てたい、という意図がありました。

②  上下水道局の課題:空き家が引き起こす「水道管破裂」というインフラ問題

―― 一見、空き家問題と水道の止水対策は関係ないように思えますが、上下水道局ではどのような課題を抱えていたのでしょうか。

上下水道局企画課
デジタル推進業務担当
岡田俊樹氏

岡田 上下水道局にとって、空き家は「水道管破裂による漏水」という、インフラ上の重大なリスク要因となります。水道管は気温がマイナス 4 度を下回ると破裂する恐れがありますが、空き家で破裂が起きても発見者がおらず、誰も水を止めることができません 。

近年多いのは、実質的には空き家であるものの、水道は使用している家です。たとえば、ご両親が施設に入居し、お子さんが月に一度掃除のために帰省して水を使うようなケースです。基本料金は支払われているため水道メーターは開栓状態ですが、普段の使用量は極端に少ない。そうした家で冬場に破裂事故が起きると、誰も気づかないまま水が流出し続けてしまう。これが最大の課題でした。

2つの課題が交差した事故。2018年寒波の大規模断水

――そういったほぼ空家状態の家や空き家に漏水のリスクがあるというわけなのですね。

岡田 そうです。実際に 2018 年(平成 30 年)1 月の全国的な寒波の際、豊田市のある地区で、約700 軒が断水するという甚大な被害が発生しました。700 軒の断水を解決するのに 16 人の職員で、それも手探り状態で 72 時間程かけて見に行きました。まさに限界を超えた作業でした。

―― 700 軒とは大規模ですね。原因は何だったのでしょうか。

岡田 調査した結果、原因は 14 軒の空き家での水道管破裂によるものでした。この事態を受け、私たちは空き家が引き起こすリスクの大きさを改めて痛感させられました。

――それが、建築相談課との連携につながるわけですね。

岡田 この教訓から、まずは水道局独自で自治会に住宅地図を配布し、空き家の場所を確認するなどの調査も行いました。当時は空き家を担当する部門(建築相談課)との連携が取れていなかったのですが、この一件で、部局を超えた連携が不可欠だと感じました。同時に、AI などの技術を用いてこうしたリスクを予測できないかと模索しはじめたのが、今回の取り組みの発端です。

解決策の模索:AIスタートアップとの出会い

――空き家部門と水道局、2つの部署が連携する必要性を感じられて、どのような解決策をとられたのですか?

岡田 豊田市には DX を推進する情報戦略部門があります。2018 年の断水被害の後、AI予測の導入を検討している旨を相談したところ、この DX部門が建築相談課とわれわれ水道局の橋渡し役を担ってくれました。

――それで、今回の AIシステム開発につながるスタートアップ、マイクロベース社との出会いに繋がったのですね。

岡田 はい。市の上下水道局では AI を活用した水道管の劣化を予測するシステム(※)を導入していますが、その導入をきっかけにすでにスタートアップとも接点がありました。そうした中で、豊田市が抱えている「空き家」と「漏水」という課題を提示したところ、課題解決に協力いただけることになったのが、マイクロベース株式会社さんでした。

(※)詳しくは、データベース水道DX~人工衛星とAIによる水道管の健康診断をご覧ください。

岩本 当時、同様の取り組みを行っている企業は他になかったと思います。ですから、多くの選択肢から選定したというよりは、こちらの課題に賛同し、共に歩んでくれるパートナーがマイクロベース社だったという背景です。

岡田 当初は水道局の空き家による凍結による漏水が主課題でしたが、「空き家」については建築相談課も同様に抱えている課題です。そこで、双方の課題を解決すべく水道使用量から空き家を予測するシステム、「MiraiE.ai(ミラーエドットエーアイ)」(マイクロベース提供)を活用してゼロから豊田市独自の実証実験に取り組むことになりました。「水道使用量から空き家を予測する」技術は前例がなかったため、この実証実験を通じてマイクロベース社は特許を取得しています。ですので、豊田市がこのシステムを日本で初めて導入した自治体となります。

――そして、この豊田市独自の実証実験が、国土交通省の事業にも採択されたのですね。

岩本 はい。2022 年度(令和 4 年度)に豊田市とマイクロベース社で実証実験を開始したのですが、同年度、国土交通省が「空き家対策モデル事業」の公募を開始しました。そこでこの事業に共同で応募したところ、採択に至りました。結果として、国の事業に協力する形で実証をさらに加速させることになりました。

「MiraiE.ai」は「何が」すごいのか?

導入の背景:「手遅れ」になる前の先手対策

――建築相談課としてマイクロベース株式会社の「MiraiE.ai(ミラーエドットエーアイ)」を導入するメリットはどういった点でしょうか。

都市整備部建築相談課 岩本健太氏

岩本 当時の空家法では、「空き家」というと、老朽化が顕著な「特定空家等」しかありませんでした。「特定空家等」は放置しておくと倒壊する恐れがあり、近隣にも悪影響を及ぼす空き家を指します。行政、自治体が持ち主に指導を行い、改善が見られないと勧告・命令といった対処をし、勧告の際に税特例を解除したり、行政代執行を行うことが可能です。ただし、強制執行で改善された費用は持ち主側に請求されるような仕組みになっています。

こうした深刻な状態になる前の措置として、2023 年(令和 5 年)に空き家法が改正され、放置しておくと特定空家等になるおそれのある「管理不全空家等」という空き家の定義が追加されました。そうして、特定空家等にしかできなかった持ち主への空き家の改善指導が、特定空家等にされる前にできるようになりました。こういった動きのなかで、やはり空き家について先手の対策は重要だと考えるようになったのです。

また、この法改正が施行される以前より、空き家が深刻化する前の対策が重要だと感じていました。

空き家問題には「これさえ行えば解決する」という特効薬がありません。だからこそ、空き家化する家を「予測」できる意義は極めて大きいと感じています。水道局から話があった際、まさにわれわれが求めていた「先手の対策」につながると確信しました 。

AI による予測の仕組み

――その AI による空き家予測は、具体的にどのような仕組みで構築されているのですか。

岩本 この空き家予測にはAIのための「予測モデル」を使います。予測モデルを作るために、「水道使用量」や「世帯情報」などの情報を基に、さまざまな仮説とその答えになる情報を設定し、AI が学習するための「教師データ」を作っていくイメージです。

そして、その予測モデルに過去の水道使用量や世帯情報などのデータを解析させ、空き家の予測結果を出させます。その結果と、実際に過去に調査した本当の空き家データ、つまり「正解」と比較させます。こうして AI の予測と現実の「正解」を答え合わせすることで、精度を高めていきました。

具体例で言うと、たとえば 2005 年から 2020 年までの「住居単位」のデータ、水道使用量や住民基本台帳などを AI に解析させ、5 年後の 2025 年に空き家が何件になるかを予測させます。そして、2025 年に実地調査したすでに存在する「答え」と、AI の予測結果を照合するわけです。
この検証で判明したのは、データの組み合わせの重要性です。当初、水道使用量のデータのみで予測した際の的中率は 82 %でした。

――水道だけでも 8 割を超える精度ですが、そこからさらに向上させたのですね。

岩本 はい。その水道データに加え、ガスや電気の使用量、さらに住民記録のデータを組み合わせてAI 解析させたところ、的中精度は 92 %まで向上しました。こうして構築したモデルにより、現時点から見た「 5 年後の空き家予測」が高精度で可能になったわけです。

――予測精度の信頼性についてどう見ていらっしゃいますか。

岩本 実は、AI が私の実家が空き家になることを予測していたのです。高齢者の単身世帯の家屋が数年後に空き家になるのは予測できることかと思いました。私の実家には弟の家族が住んでいました。ところが、弟が新しく家を建てて引っ越したことで実際に空き家になりました。AI は人口の自然減だけでなく、「引っ越し」という行動パターンまで学習して見事に予測を的中させていたのです。これには正直驚くと同時にシステムへの信頼感がいっそう高まりました。

住居単位で予測するメリット

――このシステムは「住居単位」で予測をしていますが、地域単位にしていない理由について教えてください。

空き家確率をMAP上で可視化できる
(赤が高確率)

岡田 理由はシンプルで、水道局の課題解決に不可欠だったからです。水道メーターは家単位で設置されており、使用量データもメーター単位で管理されています。どの家で漏水しているかを特定するには、住居単位での予測が必須でした 。

岩本 空き家対策としても、広域な予測では各戸へのアプローチが難しくなります。「住居レベル」で予測できるからこそ、漏水箇所の特定や、ターゲットを絞った空き家対策の啓発活動が可能になるというメリットがありました。

導入コストと運営費用

――導入コストと運営費はどのようになってますでしょうか。

岩本 導入費については、国土交通省の「空き家対策モデル事業」の補助金を活用したため、市の負担はありませんでした。ただし運用において、最新のデータ(水道使用量や住民情報など)に更新して再予測を行う際には、データ更新作業の委託費用として年間 200 万円程度を要した年がありました。

AI予測が政策にもたらした成果

①  上下水道局の成果: 2023 年寒波の危機回避

―― AI による予測精度が向上したことで、具体的にどのような成果がありましたか。

岡田 上下水道局では緊急漏水調査の優先順位付けにこの空き家予測が役だっています。実際に、寒波の時期に断水被害を防止することができました。2023 年 2 月に、100 戸に給水している配水場の水位が低下しました。これはエリア内のどこかで大量漏水が発生していることを意味します。

―― 100 戸の中から漏水箇所を特定するのは困難ですね。

岡田 そうですね。手探りの探索では、瞬く間に 100 戸すべてが断水してしまいます。寒波による漏水は、これまでの経験から空き家が原因である可能性が非常に高いことがわかっていました。そこで、空き家を優先して探そうということになり、MiraiE.ai を活用しました。その結果、わずか 1 時間半で漏水している空き家を発見し、止水に成功しました。

―― 2018 年の寒波の時と違い、被害元とその場所がわかっているので、多数で手探り状態で被害元を探すということをしなくて済んだわけですね。

岡田 おっしゃるとおりです。この 100 戸の漏水対応においては、MiraiE.ai を活用した結果、対象エリアの空き家は 10 戸ほどであることと、その位置も確認できました。これにより迅速な初動が可能になり、第一陣の 2 人 1 組での対応で済みました。こうして、水道局本来の目的である断水被害の未然防止を果たすことができました。ただし、この際は 2 人で対応できましたが、700 軒が断水した 2018 年の大規模事故とは状況が異なります。そのため、空き家予測を導入すれば、どのような状況でも人的リソースが削減できるとは一概には言いきれないところがあります。

②  建築相談課の成果:「先手」の空き家対策セミナー

――建築相談課では、AI予測はどのように活用されていますか?

岩本 建築相談課としては、やはり「先手の対策」が可能になった点が最大のメリットです。

AI によって「今後空き家が増加しそうなエリア」がピンポイントで判明します。個人の住宅に直接アプローチするのはセンシティブですが、予測でリスクが高いと判明した「自治区(エリア)」単位であれば働きかけが可能です。それで、対象となる自治区を訪ね、区長さんと協力して、その地域の住民を対象とした空き家になることを未然に防ぐ空き家対策セミナーを年に 1 度大体 12 月に実施しています。

――空き家対策セミナーはどのようなお話をされているのですか?

空き家対策セミナー風景

岩本 単刀直入に「空き家の話をします」と伝えると、住民の方は敬遠してしまいます。効果的にセミナーを行うには、空き家の流通が容易な都市部と流通しにくい中山間地域では状況が違うことに留意する必要があります。しかし、空き家問題は共通して相続問題が主要因だと言われています。そこで、「相続」に着目し、エンディングノートの書き方や、荷物を整理しておくなど「元気なうちに備えておきましょう」という内容を入り口にして、そのなかに空き家対策についての話を入れています。そして、ご家族にも話してみてくださいね、といった内容をいつも盛り込んでいます。

また、こういったセミナーを 12 月に設定しているのは、年末年始だとご家族が集まるタイミングがあると思うからです。今住んでいる家について、ご家族に今後どうしたいのかを話せる時期に合わせています。

―― 12 ぐらいになると、各地域にそれぞれの担当者が訪問するということでしょうか

岩本 毎回私が自治区に訪問しています。豊田市はとても広いですから、空き家予想の対象地域を毎年 1 か所選び、地道に足を運ぶようにしています。職員数に限りがあるため、空き家事業は担当長である私が実務も兼務し、二名体制で運営しています。少しずつとなりますが、着実にこの取り組みは進んでいます。

――住民の方の反応はいかがですか。

岩本 感触は良いです。当初の予約は 6 名でしたが、当日参加を受け入れたところ 32 名もの方が来場されました。机が不足するほどで、予測エリアでは多くの方が問題を「自分ごと」として捉えているのだと実感しました 。講師は別途協定を組んでいる組織の方なのですが、セミナー終了後に講師に積極的に質問されたり、「家族との仲があまりよくない」といった家族状況を相談する方も多いように感じています。

また、定期的に 40 名以上の高齢者が集まるサロンのようなものを開催しているところがあります。そうしたところに参加させていただくなど、新たに実施する取り組みも予定しており、多くの方に話を聞いていただけるのではと期待をしています。

導入の舞台裏:苦労、そして「情熱」

最大の障壁:「データ連携」の苦労

―― MiraiE.AI を運用するにあたってどのようなご苦労がありましたか。

岩本 AI予測には多種多様なデータが必要となりますが、そのデータの収集が最大の障壁となりました。必要なデータが各課に分散して管理されているためです。建築相談課は空き家の事業を担当していますが、水道使用量は上下水道局、住民データは市民課が所管しています。

理由を説明したうえでデータ提供を依頼して回るのですが、当然ながら個人情報の目的外利用の懸念が生じます。個人情報の安全な取り扱い方法などを丁寧に説明し、承諾を得るにはかなりの労力を要しました 。

その他に、各課から集めた住居に関するデータを紐づける作業が難航しました。たとえば、同じ住所でも、「一丁目二番地」と「1-2」のように表記揺れが存在します。各課でルールが違っていたり、住民の方の申請内容をそのまま登録していたりして、表記がバラバラでした。これらを AI が解析可能な「住居単位」に統一する作業は、想像以上に大変でした。

豊田市が描く「未来」と「自治体へのメッセージ」

豊田市が描く「未来」

――この空き家予測の取り組みは、今後どのように発展させていくご予定でしょうか。まずは建築相談課の岩本さんからお聞かせください。

MiraiE.aiで可視化された空き家予測地図

岩本 「空き家の発生が高確率で予測できる」というのは、今や豊田市の大きな強みだと思っています。次のステップは、この強みを活かした効率的な施策の実行です。2026 年から 2 年かけて市の空き家計画を改訂する予定であり、そこに実際に分かっていることと、空き家予測データを取り込んだ計画を作っていけたらと思っています。具体的には、現在はセミナー実施にとどまっていますが、今後は官民連携を強化し、空き家売買の促進などにも取り組みたいと考えています。リスクが高い地域へ優先的にアプローチできるだけでも、大きな前進です 。

――上下水道局としては、どのようにお考えでしょうか。

岡田 私たち水道局の使命は、あくまでも「24 時間 365 日、安心安全な水を供給し続けること」です。今後、空き家が増えていく地域でも、そこに住み続ける市民のために、今後も緊急対応などで本システムを活用していきたいと思います。

さらに今後は、人口減少を見据えたインフラの更新計画にも活用する方針です。たとえば、浄水場の統廃合や水道管の「ダウンサイジング」です。人口減に伴い水道使用量も減少するため、老朽化した太い管を更新する際に、未来予測に基づいて、より細く効率的な管に入れ替えていく。こうした未来のストックマネジメント計画において、予測データは不可欠となるでしょう。

――空き家とその周辺の水道管が漏水のリスクがあるなか、全体でみた場合、配水管の老朽化対応のための水道インフラの更新計画をしっかり立てることが重要なわけですね。

岡田 おっしゃるとおりです。社会情勢の変化によってインフラをリアルタイムに変えることはできませんので、できる範囲で未来予測に基づいて、計画を立てていく必要があります。

他の自治体へのメッセージ

――最後に、同様の課題を抱える他の自治体へメッセージをお願いします。

岩本 人口減少が進む中で、空き家は今後ますます大きな課題となっていきます。しかし、「これをやれば解決する」という特効薬はありません。やれることを一つひとつ実行していくしかありません。

そのためにも、部局の垣根を越えて「横としっかりつながる」ことが重要です。私たちのこの AI予測の事例も、その一つの手法として参考にしていただけたらと思いますし、ぜひ他の自治体さんとも情報共有しながら取り組んでいければと思っています。

「MiraiE.ai」はデータさえあれば、どの自治体でも活用は可能ですが、このシステムに限らず、空き家対策に有効だと思われるツールは積極的に利用すべきだと思います。

たとえば、国土交通省の「Project Links」という取り組みの中で開発された、「LINKS SOMA(リンクスソーマ)(国土交通省ホームページ)」という空き家予測システムが、国土交通省のホームページで公開されています。PCにダウンロードして使うアプリケーションで、庁内のデータを活用し容易に操作ができるようになっています。

私たちの MiraiE.ai が「未来の空き家」の発生を予測するのに対し、LINKS SOMAは「今、空き家かどうか」を地図やグラフなどで判定・確認することができるシステムです。

「LINKS SOMA」の各家屋の空き家の可能性を表示する地図。赤は空き家である確率が高い家屋を示す。
出典:国土交通省ホームページより抜粋

岡田 「未来空き家」か「Now 空き家」かという違いはありますが、比較的小規模な市町村にとっては、まず「Now 空き家」を把握するだけでも大きな一歩になるのではないかと思います。

岩本 実は、豊田市もこの「LINKS SOMA」の開発に協力しています。「MiraiE.ai」でのご縁から、開発元であるマイクロベース社を市の「空家等管理活用支援法人」(※)に指定しており、そのつながりで国土交通省の事業にも協力しているという経緯です。

(※)空き家特措法に基づき、民間法人が公的な立場で市町村の空き家対策をサポートする制度

岡田 最も強調したいのは、まさに岩本が言った「他部局との情報共有の重要性」です。通常、空き家問題と水道の漏水問題を担当者が協力して解決する、というのはなかなか考えにくいかもしれません。

ですが、職員数が減少していく中で、従来の「縦割り行政」のままでは行政運営が立ち行かなくなる時代が到来すると思います。今回の私たちの事例は、まさにその「横のつながり」がいかに有効かを示す代表例ではないかと思います。

――とはいえ、部局を超えたデータ連携には、個人情報などの問題で苦労されたのではないでしょうか。

岩本 実際、他の自治体さんから「どうやってデータを集めたのか」という問い合わせをいただくことがあります。豊田市は比較的うまくいった例ですが、難航するケースも多いようです。

重要なのは、「なんとなく下さい」は避けなければならないということです。データを提供してもらうために、法的根拠を明確にし、法務部門とも事前調整を行い、「ここまで準備すれば問題ない」という段階まで詰めてから依頼しました。課題解決への根拠と熱意を、論理的に説明することが肝要です 。

岡田 提供元には「事故が起きたら誰が責任を取るのか」という懸念が常につきまといます。それを乗り越えるには、岩本が行った地道な説明と、最後はやはり「情熱」です。人間関係とコミュニケーション、そして「なんとしても解決するんだ」という情熱。それに尽きると思います。

* * *

「空き家」と「水道」。一見すれば遠く離れたこの2つの課題が、2018 年の寒波を機に結びつき、AIという技術を得て、今や「未来の市民生活を守る」という一つの目的に向かって活用されている。

豊田市のこの取り組みは、単なる空き家対策やインフラ維持の成功事例にとどまらない。それは、行政が「未来を予測する力」を手に入れることで、差し迫った危機への「事後対応」から、持続可能なまちづくりに向けた「未来創造」へと舵を切ったことを意味している。AIが予測したデータは今後、水道インフラの最適化された再構築(ダウンサイジング)や、官民連携による空き家の流通促進など、より大きなまちづくりの計画に活かされていく。

しかし、この事例における最大の成果は、AIシステム活用そのものよりも、「異なる専門分野を持つ部署同士が連携し、データを共有しながら、情熱を持って課題解決にあたった」という職員たちの経験と、そこで生まれた「横のつながり」にあるのかもしれない。

人口減少という避けられない未来に対し、課題を先読みし、部局を超えて柔軟に連携する。豊田市で生まれたこの新たな行政の形こそが、これからの時代を支える最も強靭なインフラとなっていくことだろう。

*本記事は、地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「都市基盤DX~水道使用量等のAIによる空き家予測~」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください。

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