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コラム

データの重要性に気づく

2016年06月10日(金) [株式会社 三菱総合研究所 社会ICT事業本部  主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「行政&情報システム」(2016年2月号)に掲載した連載企画「資源としてのデータを考える(第3回)」の内容を、発行者である「一般社団法人行政システム研究所」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「「資源」としてのデータを考える_3」 [PDF 1.3MB]

SIM熊本2030

「SIM熊本2030」という研修プログラムをご存知だろうか。熊本県庁の有志グループ「くまもとSMILEネット」が開発し、その後、福岡市が新人研修に取り入れるなど、九州から全国に広がりつつあるユニークな研修である。三菱総合研究所が事務局を務めるVLED(ぶいれっど=一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構)でも、くまもとSMILEネットと福岡市の協力を得て、2015年11月23日に「SIM熊本2030体験会in福岡」を開催し、VLEDの自治体会員など42名が参加した*1

今年度、VLEDでは自治体職員のデータ活用を促進するための研修を検討していた。当初は、データ解析ツールの使い方を学ぶ研修などを候補に挙げていたが、自治体職員の方々の意見を伺うと、普段から業務でデータを活用する習慣があまりなく、職場に戻ってから研修の成果を活かす場面があまりないなど、研修の効果が限定的であることがわかった。

そこで、いろいろ研修プログラムを探している中で、SIM熊本2030の存在を知った。この研修プログラムでは、データの使い方を学ぶのではなく、データの重要性に気づかされる。まず研修の冒頭で、財政データを用いて、これからの自治体経営の厳しさをまず認識させられる。また、限られた財源の中で、残す事業を取捨選択する際、判断材料としてデータの重要性に気付かされる(研修では個別事業のデータは提供されないので、データがないと、いかに比較検討が難しいかを気付かされる)。


表 SIM熊本2030の概要

高齢化により社会保障に必要な予算が増え続けるなか、何の予算を落とし、何の予算を残していくか。そして、残された予算・事業でいかに幸せな街を作っていくか。プレイヤーは6人1組で架空都市◯◯市の部長に就任し、2030年までの5年ごとに迫りくる課題に対して、他の部長と対話し、「市としての判断」を下していく。

出所:「SIM熊本2030」とは
http://www.vled.or.jp/symposium2015/training/sim_KUMAMOTO.pdf



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図 SIM熊本2030の様子
出所:「SIM熊本2030」とは
http://www.vled.or.jp/symposium2015/training/sim_KUMAMOTO.pdf


表 SIM熊本2030参加者の感想(抜粋)

このSIM2030を体験することにより、日々の業務に追われ、市(県)全体を見通し、意識しながら、業務を行うことがなかったことを実感しました。また、予算についても、要求した予算が削られないように 財政担当課に説明をしていくことのみを意識し、全体の中での優先順位など考えたことなどありませんでした。これは、私に限った話ではなく、多くの自治体職員が同じなのではないでしょうか。

社会のニーズが多様化する中で、すべてのニーズに対応していくことは困難であり、今後より限られた財源の中で、投資していく事業を判断していく必要に迫れます。そのような中で、担当部局のことだけではなく、市(県)として何を「売り」としていくべきかについて部局をまたいで議論し、重点的に投資していくべき分野を決め、場合によっては担当部局の事業を自ら削減するような自治体運営が行われるようになる。
将来を予言するようなゲームを体感することにより、幅広い視野を持ち、将来を想像することの必要性及び世の中の変化を敏感にとらえ、変化に対応することの大切さを体感しました。

出所:「SIM熊本2030体験記(三菱総合研究所 研修研究員(派遣元:埼玉県)広瀬 学)」より抜粋
http://www.vled.or.jp/column/2015/001340/

データに基づく行政施策の立案と実行

自治体職員の中で、現在の自分の自治体の財政状況を正しく把握している人は、どのくらいいるだろうか。5年後、10年後、15年後の財政見通しを考えたことがある人は、どのくらいいるだろうか。行政施策を考える際、各施策の影響範囲や費用対効果などを、データに基づき総合的かつ客観的に比較検討しているところはどの程度あるだろうか。過去の経験や声の大きさなどで決まっていないだろうか。

高度成長期のように、人口や税収が右肩上がりに増え続けた時代には、各施策をどんぶり勘定で行ってもなんとかなった。しかし人口が減り、税収が減り、高齢化に伴い福祉予算が増大する中、将来のために投資できる予算はどんどん縮小する。他の経費を削減して投資予算を捻出する一方、捻出した貴重な予算を最も効率的・効果的に使わないといけない。しかしこれが難しい。

今後、多くの自治体で、高齢者、中でも後期高齢者が増え、そのための医療サービスや介護サービス、生活支援サービスなどが必要になる。高齢者人口の絶対数が多い大都市部では施設もスタッフも不足し、医療難民や介護難民が出る恐れがある。比較的余裕のある地方都市に高齢者を分散させようという取組もある。しかし、高齢者人口もその後、減少に転じる*2 。相次いで設けられた高齢者向け施設やサービスの何%かは不要になる恐れがある。

また、大規模な集合住宅が開発された地域では、一時的に子どもが増え、保育所や学校を設ける必要が生じる。しかし十数年後には、子どもの数は減少に転じ、せっかく設けた保育所や学校の廃止や統廃合を検討ないといけないかもしれない。

このように、これからの行政施策は、目先の課題にだけとらわれるのではなく、自治体全体や地域ごとの将来像を細かく見通し、行政施策に「ライフサイクル」の概念を取り入れて、迅速・的確・柔軟に実行しなければならない。



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図 高齢化の推移と将来推計
出所:平成27年版高齢社会白書(内閣府)
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2015/html/zenbun/s1_1_1.html


これまでも長期ビジョンや総合計画などで、ある程度の将来像を描き、それに応じた施策を並べてきたが、これからは、人口フレームや産業フレームなどの計画の前提条件をより詳細に設定し、PDCAを回しながら実行していく必要がある。そして前提条件と実態が乖離したら、すぐにその原因を明らかにし、計画を見直すことが求められる。

また、財政が逼迫する中、もはや行政施策に「あれもこれも」を求めるのは不可能で、「あれかこれか」の取捨選択を迫られる。当面の課題に対応しつつ、10年後、20年後を見通した先行投資を行わないといけない。きちんと将来ビジョンを描き、何を捨て、何を残し、何を新たに生み出すのか、施策の軸をしっかりと持つことが重要となる。その上で、施策を実行した場合のメリットや、施策を廃止した場合の影響の大きさなどを客観的なデータを用いて科学的に分析し、住民満足度の最大化を図る必要がある。

日常的にデータを活用する習慣を

インターネットの普及やコンピュータの性能の向上により、データの入手・加工は容易になった。音声認識やテキストマイニングなどの技術の進化により、コールセンターなどに寄せられる意見を、より詳細に分析・活用することも可能になった。ウェブサイトの閲覧ログを解析し、情報提供ニーズの把握やウェブサイトの改善に活用することは既に行われている。最近では、携帯電話の移動履歴やSNSの投稿データを分析し、観光客のニーズや行動パターンを把握する試みも行われている*3 。政府も、国保データベース(KDB)や、地域経済分析システム(RESAS)、地域包括ケア「見える化」システムなど、地域で活用できる情報の提供に務めている。しかし、これらのデータも、自治体職員がその重要性に気付き、有効に活用されなければ意味が無い。日頃からデータに触れ、正しく活用する能力を、ひとりひとりが身につける必要がある。

横浜市では、1963年から「調査季報」を発行している。統計資料を発行している自治体は多数あるが、都市を科学的に分析し、データに基づく正しい現状把握と、将来像や施策の必要性を提示し続けている自治体は稀である。記念すべき第1号(1963年11月発行)の巻頭言で、東大教授(当時)の辻清明氏は「市政の改善を進める原動力は三つの点に求められるとおもう。第一は市民の活動であり、第二は都市の理想像の提示であり、第三は科学的調査の実行である。」と書いている。辻氏の指摘は、地域の経営課題が複雑化し、財政が逼迫する現代において、より重要性を増しているのではないだろうか。

なお、厳しい現実に対応していくためには、行政だけでなく、地域の住民や企業、地方議員など、様々な関係者の参加・協働が不可欠である。幸い、SIM熊本2030は自治体職員以外も参加可能な研修プログラムである。より多くの人にこの研修プログラムを体験してもらい、みんなで一緒になって地域の将来像を考えることで、行政に過度に依存しすぎない、新たな地域経営の姿を創り出していきたい。



*1 研修の詳細は、下記のVLED「自治体職員向け研修実施報告」を御覧ください。
http://www.vled.or.jp/committee/151208_rikatu_2.pdf

*2 国立社会保障・人口問題研究所では、我が国の高齢者人口は、2042年に3,878万人でピークを迎え、その後は減少に転じると推計している(平成24年1月、中位推計)。

*3 例えば、株式会社ナイトレイでは、SNSデータから訪日外国人観光客の行動傾向や嗜好性を明らかにするインバウンドインサイトサービスを提供している。
http://inbound.nightley.jp/

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